wpid-20150113101756.jpgある先輩調律師さんが「何か一つのことにこだわって、ある程度つきつめていったら自然と何か違う分野に向かっていくようになる。これを繰り返すことで全体的に上達・レベルアップしていくんだよ」というようなことをおっしゃっていました。もしかしたら自分もそういうターニングポイントににさしかかっているのかもしれません。

これまでピアノ屋さんとして外観にはそれなりにこだわって、色を塗り替えたり、黒を木目調にしたり、脚をストレートから猫脚に変えたりといろいろチャレンジしてきました。仕事の中で特技は何ですか?と聞かれから「バフ掛けです」と答えると思います。しかし最近は調律が楽しくなってきてどっぷりハマっています。調律師のくせして「最近調律にハマっている」なんてことをいうのも変ですが、調律師さんのスタイルは様々でみんなが100%調律だけをしているわけではない、と理解していただければ幸いです。もちろん、今までも一生懸命やってきたしこだわってきましたが、最近のは今までよりディープだと思うのです。

調律師という仕事をしていると、「絶対音感持ってるんですか?」とよく聞かれます。少なくとも自分の場合はそういうわけではなく、音を聞き分ける訓練をしているから聞く能力には長けているのだと思います。逆にこっちからすれば、ペンキ屋さんはある色を見て何と何をどのくらい配合すればその色を作れるかわかるとか、料理人は食べたら味付けがわかるとかの方がすごいです。あと、女性の胸を触ったらカップを当てられるという下着販売員さんがいて、テレビで「神の手」と紹介されていましたね。仕事に使うのが視覚なのか、味覚なのか、触覚なのか、という違いで、調律師の場合は聴覚なのです。聴覚といえば、便器メーカーの商品の最終チェックは、プラスチックハンマーでコンコン便器を叩くというものでした。最後は人の耳で検査するんです。コンピューターによる音の解析が進んでいるから、何でも音を可視化できるのが当たり前になっているけど、やっぱり最後はマンパワーというのは嬉しいですね。

私もプロフェッショナル向けのピアノチューナーアプリは持っていて、数年前にピアノ調律師協会の入会審査を受けるためにチェック用として買いお世話になりました。久々に使って自分の調律したピアノを測定したら結構精度が上がっていて我ながら驚きました。

ピアノの調律の世界では、半音の高さを「1」としたら、それを100分割した単位をセント(¢)といい、「基準より何セントずれている」といる数え方で測定し採点していきます。88音全て測ったわけではありませんが、基音のラ(A49)を音叉で合わせて、ファ(F33)からミ(E44)の割り振りというピアノの音階の基本となる12音については、ようやく±0.3¢以内というところまで持ってこれるようになりました。もっとズレ幅を小さくしたいし、このチューナーの測定はあくまで一つの物差しですから、綺麗に聞こえる調律を自在にコントロールできるようになるために、今ようやく1000分の3まできたところを1000分の1、さらにこまかいところまで自在にコントロールできるようになりたい、というのが今の目標です。

冒頭にあげた調律師さんとは別の先輩調律師さんにこのことで相談し、もっと安定させたいという話をしたところ、まずはたくさん測定して多くのデータを取ることだ、と宿題をいただきました。そこから何が原因で何が課題なのかが見えてくるだろうということなのです。

そこで思い出したのが、大好きなジャズピアニストのビル・エバンスがラジオ番組で話していた「Knowing the problem is 90% solving it.」という一言。訳すなら「問題について熟知することで9割は解決している」でしょうか。アインシュタインも「If I had an hour to solve a problem I’d spend 55 minutes thinking about the problem and 5 minutes thinking about solutions.(問題を解く時間が1時間あるなら、55分間は問題について考え残りの5分で解決方法を考える)」と似たようなこと言っています。

だからまずは改善のための情報収集を始めたいと思います。

こんな田舎の調律師が偉そうに何を言ってるんだ、と自分で自分が恥ずかしいのですが、最近「「ものすごい英断」と驚きの声、トヨタ燃料電池車の特許無償開放」というニュースを見てなるほど、と思いました。特に日本の大手メーカーは自社開発の技術規格で主導権を握りたいが故か、内へ内へというスタイルで失敗してきたような気がします。古くはビデオのベータ然り、最近では携帯電話がガラパゴス化といわれ(iModeとかezwebとか、なんでインターネットがキャリアによって違うのか不思議でした)、iOSとAndroidに全部もっていかれています。燃料電池車もガラパゴス化か?という記事が早速出ていましたが、その中でトヨタの特許無償解放は確かにすごいと思う。もしかしたらこれが原因でトヨタを出し抜く技術が生まれるかもしれないけど、トヨタは業界全体のために解放したのだから活性化すれば何よりなのでしょう。

別の話で、最近「Piano stores closing as fewer children taking up instrument(ピアノレッスンを受ける生徒が減って多くのピアノ販売店が閉店)」」という記事を見ました。アメリカの話ですけど、最近の子は電子ピアノの方が音色が豊富で楽しいし、それどころか苦労して練習するピアノなんかより手軽に楽しめるゲームの方が好き、という現実を嘆いてる記事です。対して昭和の高度経済成長期を支えた社長さんは「楽器メーカーがお客様を育てるのだ」と言ってメーカー直営の音楽教室を始めたのでした(すみません、ここはうろ覚え、確か日本のピアノ100年に書いてあったと思います)。

では何が言いたいのかというと、今の日本もピアノの販売台数が減っているとか少子化とかネガティヴな話題はあるけれども、そこを盛り上げていくためにピアノ屋さんは何ができるのかと考えるのが大切で、ピアノに興味を持ってもらえるような話題をどんどん発信していくべきだと思うんです。トヨタとは次元が違いますが、やらない「0」とやる「1」ではまた違います。で、楽器屋さんの視点でしかわからないピアノの話を広く知ってもらって、ピアノ愛好家の皆さんが何か新しいスタイルでピアノに興味を持ってくれる人が増えたら、という期待もあります。ちなみにすみません、ここはまた別のベテラン調律師さんの受け売りでした。でも総じて「すごい」って思える技術者の方は、さっきのトヨタも含めて持っている情報を隠さず披露している方が多いと思います。個別にはご本人に確認していないのでご紹介できませんが、多分そうだと思います。逆をいうと、「技術は盗むものだ」という日本の古き良き伝統は残念ながら全くの過去の文化になってしまったのではないかと思います。昔のお師匠さんとお弟子さんならいざ知らず、今は情報があふれていますからどこにでも探しに行けるし、情報はナマモノともいいますからどんどん流していかないと持ち腐れしてしまいます。

そんなことを考え、今回調律のことについてはちょっと細かく書いてみました。

そういうわけで色々書いたのですが、アベノミクスだ株価だなんだと言っても不安は尽きないわけで、将来子供たちが笑って暮らせるような世の中であって欲しいと願っても無力な自分ができることといったらせいぜい仕事を頑張るくらいで、ピアノなんて贅沢品と笑われるかもしれませんが、でもこれで喜んでくれる人が一人でも増えたら、と思うし、やっぱりピアノって音楽だし、ある種、幸せの象徴のような気もするし…。

ピアノの調律をもっと上達するための「Knowing the problem is 90% solving it.」が、大袈裟だけど社会のための「Knowing the problem is 90% solving it.」の第一歩となるよう、今年は調律を頑張ります。

なんなんでしょう、このブログσ(^_^;)。すみません。でも読んでくれた方、ありがとうございます。

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工具箱の余ったスペースに虎の巻を貼ってみました(^o^)。