デンバーピアノ調律研修記

現地で購入したチューニングハンマーを修理工房にて試しました。今日のブログは少し長くなります。

2015年7月13日から21日まで、アメリカ合衆国コロラド州デンバーへピアノの調律研修、及び「レジスタード・ピアノ・テクニシャン(Registered Piano Technician: RPT)の試験を受けに行ってきました。

ここまでの道のりは大変長く、最初に行きたいと思ったのは四年くらい前のことで、技術的なこと、経済的なことなど準備が整うまで大変時間がかかったと思います。

今年の二月にさいたまピアノ工房さんを訪ねたときにアメリカの話が出て、まだ早いのではないかとも思ったのですが、そのとき指導していただいた調律の手法に感じた手応えが大きく影響したこともあり、今回の渡航を決断しました。もちろん、最初にピアノテクニシャンズギルド(Piano Tecnicians Guild: PTG)を勧めてくれたさいたまピアノ工房の渡邉ご夫妻もお誘いして、です。

PTGとは、アメリカ合衆国におけるピアノ調律師の組合のようなものです。18歳以上のピアノ調律師であれば書類を提出し費用を納めて入会できます。アメリカでもピアノ調律師になるための資格などはありませんが、PTGが独自に定めた「一定の技量をもつ調律師」がRPTです。

デンバーから一時間ほど車で移動したジョージタウンにて、渡邉孝則さんと。標高2400m!アメリカは2010年にピアノディスクの研修に行って以来となりました。デンバーは内陸で標高1600メートルほどあることから「Mile High City」と呼ばれます。大変乾燥した地域で、すぐに喉が渇き肌がカサカサしていくのを感じ、気圧の違いのせいか軽い頭痛を感じていました。沖縄県とは程遠い環境での調律には心配がありました。

今回のイベント、PTGコンベンション(PTG Annual Convention and Technical Institute)の会場は現地のホテル、Marriott Denver Tech Center。その場に宿泊することも可能でしたが、予算を抑え、アメリカを楽しむためにレンタカーを借りて安いモーテルにしました。毎朝ロッキー山脈を見ながら通勤するのは楽しかったです。運転はほとんど渡邉さんに頼ってしまいましたが。

試験はRPT Examといい、筆記、調律、調整・修理の三つを全てクリアして合格となるものです。実際に受験して、ここまで大掛かりな試験であったことを知って驚きました。

まず、調律試験に使用するピアノ。今回はカワイのSK-3という高級グランドピアノの新品で、なんと地元のディーラーがPTGのために貸し出してくれたというもの。すごくクリアな音で、全弦ミュートしてしまうのはもったいないくらいでした。

このピアノに試験官が三人付いて、メインの試験官が調律したものに対して正確な調律であるかどうかを一音ずつ議論していきます。受験者はこれを見学することが可能で、もちろん参加させていただいたのですが、これがすごく熱かった!一人がオクターブを鳴らしていくのを聞きながら「そこ、ちょっと待って」とストップをかけ、様々な検査音を駆使して正しいかどうか議論します。ちなみに試験ピアノは三台あり、私が調律したピアノは意見がわかれてものすごく時間がかかったそうです。

最初は何をしているかわからず、せっかくメインの試験官さんが調律をしたものにケチをつけるなどけしからんと腹立たしくも思いましたが、しばらくして理解しました。つまりここでは三人でそのピアノのベストな調律を議論して導き出し、それを試験のための調律の指針としているわけです。PTGの指針で、試験を可能な限り公平にしたいということから、三人でピアノの調律を吟味するという手法になったようです。

そして調律が終わったら、チューナーで測定してこれを「マスターチューニング」とします。試験したピアノはチューナーで測るのではなく、あくまで人が調律したものが基準となります。

試験のスケジュールは自分の希望で申請します。初日に筆記、次の日に調律、最後の日に調整・修理と分けて、合間に会場内の至る所で行われている研修に参加したりしました。また、日本から来ている他の調律師、アメリカで活躍している日本の調律師、アメリカで勤めている国産メーカーの調律師など、たくさんの人たちと交流でき、大変有意義な時間となりました。

筆記は暗記問題などはほとんどなく、普段の経験からどのくらいピアノのことを知っているかを問うものでした。これはアメリカ人にはさほど難しくなかったとは思うのですが、日本にはないピアノが対象になっていたり、日本とは違う角度でピアノを解釈している点などは一部戸惑いました。これに合格しないと先に進めないのですごくプレッシャーを感じました。

次の日は調律。やはりこれが一番印象に残った試験でした。前述のピアノの部屋に案内され待っていると、試験官が三人入ってきました。採点にも三人の試験官が立ち会うのです。そして、試験のルールなどについて説明を受けます。そのときの英語の響き、受験生私一人に対して試験官三人というシチュエーションは、映画「グリーンマイル」で刑務官が受刑者に死刑執行の説明をするシーンのように思えてリアリティを感じながらも、ちょっとおもしろかったです。

調律試験は一台のピアノを六つの部門に分けて、それぞれの仕上がりを先日のマスターチューニングを基準に採点していきます。この採点にも三人の試験官が付き、それぞれの部門が終わる度に採点について議論していきます。そして、試験官は「ここは基準から外れているけど、どう外れているかわかりますか?」と受験生に尋ね、その間違いの見つけ方などを教えてくれます。また、正常であると判断したら異議申し立てをすることができます。実際に、補佐の試験官の主張が認められ、一つ減点が回避されました。また、採点とは関係ないけど、と前置きをしてある音の響きについて話し合ったりと、いろいろ勉強もさせてもらいました。

試験では、一部デジタルチューナーを使うことが認められていますが、マスターチューニングは人の手で基準を定めているため、チューナーがマスターチューニングに合うとは限りません。そして、測定にはチューナーを使用しますが、比べる対象が人が調律したものなので、基本は機械よりも「人」なのです。

ピッチ、割振り、中音域オクターブ、低・高音域オクターブ、ユニゾンと続いて、最後のスタビリティ(Stability: 安定性)のテストがもっとも難しかったように思います。調律が仕上がったあるエリアに、ある一定の重さの錘を、ある一定の距離から落とすという作業を行い、その影響でどのくらいずれているかを試験するものです。こういったずらし方まで一定にするこだわりがおもしろいと思いました。

三人のアメリカ人の試験官責任者を務めたアランさんは、終始リラックスするよう雰囲気作りをしてくださいました。私が最初の音を出したらタイマーのスイッチを押し試験スタートとなるのですが、その直前に「Enjoy」とか「Have fun」と言ってほぐしてくださるのです。そして、それぞれの部門が終わる度にスコアを通知してくださるのですが(これが一番緊張しました)、その都度応援してくださって勇気づけられたと思います。

最終日は調整・修理。ピアノについて理解ができているかを見るためのもので、メーカーが基準とする寸法を基準に作業をこなしていた自分には戸惑いがありました。実際のピアノは使わず、アクションモデルという鍵盤の模型を使用しますが、意外に難しかったです。修理に関しては、やったことがあることではあったものの、時間制限があったためやはり緊張感がありました。

三人合格後の記念撮影。試験官の方たちと。全ての試験が終了し、その都度合否は伝えられていたので、最後の合格を聞いたときはなんとも言えない安心感がありました。そして、その合格を知った周りの人たちみんなに祝福していただき、こんなにも喜んでもらえるものかと驚き、またありがたくなりました。RPTになる苦労を知っているだけに「良かったね」と言いたくなるのでしょうか。

改めて翌朝、会場受付で試験合格の手続きを取り、首に下げていた名札を「Regsitered Piano Technician」、「NEW RPT」と書かれたものに交換してもらいました。そして人の往来のある中で、クラッカーを鳴らし、事務の方が大きな声で「New RPT! New RPT!」と呼びかけました。そうするとみんな私たちのところへ近づいてきて「おめでとう」と声をかけてくださいました。こんなにも調律師として同業者の方に応援され、認められ、そして祝福されたことがなかったのでたとえようがないほどうれしかったです。

食事会「Golden Hammer Banquet」の会場。参加人数はおよそ640人!最後の夜は、参加者全員での食事会で、やはりここでも試験合格者は前に出てくるよう指示され、会場全員スタンディングオベーションで拍手してくださいました。PTGにとってRPT誕生というのはそんなにも喜ばしいことなのです。組織の一体感というのでしょうか。みんながPTGに力を入れているのが伝わってきました。

試験以外にも、このコンベンションでは数々の学会が行われたり、業者による展示会があったり、コンサートが開催されたりと盛りだくさんな内容でした。ほとんど試験に時間を使い、あまり余裕はありませんでしたが、記念に新しいチューニングハンマーを買ってきました。実際に今までにない感触がすごく楽しいです。今まで道具は一つあれば十分と思っていましたが、こういう楽しみ方もあることを知りました。

展示会場のShigeru Kawai展示会場では多くのピアノメーカーがピアノを展示し、また道具メーカー、パーツメーカーなどピアノに関する業者がたくさん集まって参加者に自社製品を展示していました。この中でピカ一だったのは、われらが日本を代表する河合楽器さんのShigeru Kawaiだったと思います。展示していたのはSK-7だったのでしょうか。タッチ、響き、音色、どれをとっても素晴らしいピアノだったと思います。それから、これまでインターネットを通して商品を買ったりしていた業者さんに会うことも出来たのであいさつしたり、あと勉強のために本を買ったり。19世紀のエラールのアップライトピアノもありました。フランスっておもしろいなあ。去年のインストアライブを開催したあたりから興味が尽きません。ひそかに次の目標はフランスです。

来年はヴァージニア州での開催が決まっているようで、今度は東海岸になります。次回も行くかどうかはわかりませんが、必ずまた参加したいイベントです。試験は合格したけど、次の課題も見えたので、またこれからもより一層良いサービスのために励んで参りたいと思います。

最後に、今回アメリカに渡航させてくれたのは、私に語学を与えてくれた両親であり、背中を押してくださったさいたまピアノ工房の渡邉ご夫妻であり、いつも支えてくれる私の奥さんと子供たちです。本当に有意義な一週間をありがとうございました。

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