Starr Scale28
オーバーホール作業

はじめに

沖縄県にはアメリカから多くのピアノが運ばれてきます。それらの多くは米軍基地の兵隊さんやその家族が私物として持ち込むものです。アメリカは日本よりピアノの歴史が長い分、古いピアノも多くあり、ほとんどが現在でも使用されています。細かい部品は古くなっても、再生すればよい音が出るものもたくさんあります。今回このStarrピアノを修理するにあたって、日本製のピアノにはない工夫や設計を見ることができ大変勉強になりました。

作業工程のご紹介

190 引き取る前に下見したときです。ちなみにこの写真はトレースされていろいろな印刷物に活用されています。
    ↑こんなふうに。


ピアノスタジオに運ばれた直後です。


屋根の状態です。塗装面がひび割れしています。古さをうかがわせます。


白鍵盤はジョイントの象牙で、黒鍵盤は木を黒く塗ったものでした。


前から見た状態です。こげ茶色でした。


もはや修理しようのない傷の数でした。


汚れ方も半端ではありません。


Starr社のエンブレムがあり、インディアナ州、リッチモンドとあります。当時はアメリカ中のいたるところにピアノメーカーがあったのでしょう。


チューニングピンも弦もすごい錆です。ちなみにこれらのチューニングピンはドアベルへと生まれ変わり、たくさんのお客様のおうちへと旅立っていきました。


色をはがします。


すべて分解しました。


再度組立て、塗装の準備です。


色をつけます。今回の塗装は専門の職人さんにお願いしました。


サンディングシーラーを吹き付けた状態です。


上塗りで仕上げます。きれい!


フレームを再びピアノに載せて塗装しました。


フェルト類はすべて交換です。


ピンブッシュもすべて交換し、穴をあけていきます。


チューニングピンもすべて交換です。「ハイッ」と元気よく渡してくれます。


芯線を張り終えました。


そこでマイクの登場。


録音機材も揃ったところで・・・


レコーディングです!音無館さん、ご協力ありがとうございました。 何を録音したかはCDがありますのでぜひ一度ピアノスタジオへ聴きに来てください。


そしてすべての弦が張り替え終了です。


ピカピカです。


ダンパーフェルトの交換に際して、蒸気でフェルトをはがしたらヘッドの塗装面が変色してしまいました。


なので塗装をはがして・・・


塗り替えました。ダンパーヘッドの塗装も割れていたのでかえって気持ちよくなりました。


お~っと、そんなことして遊んじゃ駄目だよ。本人は手伝っているつもりのようです。


ピアノの修理にはいろいろなデータをとります。


測定もします。


そして記録し、後の作業に役立てます。


ハンマーも交換してきれいになりました。音もきれいになりますように!


写真では見えづらいですが整音のためにマーキングしています。


その他細かい修理がたくさんありました。これもすべて良いタッチを作るためです。


いろいろな修理があります。。



スター・ピアノ社について

スター・ピアノ社(Starr Piano Company)は1872年にトレイザー・ピアノ社(Traser Piano Company)として設立された会社です。その後販売数を拡大し、1893年に販売店であったジェシー・フレンチ社(副社長はヘンリー・ジェネット)と合併しスター・ピアノ社となりました。1897年ごろには株価も倍になり、当時のアメリカのピアノ市場の75%、つまり4分の3をほこる販売数にまで成長しました。

19世紀のアメリカにおいて、ピアノを持つことは中流家庭の仲間入りを果たしたステータスのようなものでした。ラジオや録音技術が生まれる前であり、多くのアメリカ人はピアノを買い、楽譜を買ってポピュラーミュージックを演奏することを楽しみとしました。そして、プレイヤーピアノ(ピアノロール、自動演奏ピアノ)が生まれると、スター社も1906年頃からこれらの商品の販売を始めました。

1915年、スター・ピアノ社は拡大し、楽譜やプレイヤーピアノにとって変わりつつある蓄音器産業へと乗り出しました。ニューヨークにレコーディングスタジオとスター蓄音器工場を設立し、1916年にはレコード制作部門が設立されました。その後ジェネット・レーベルとして、ジェリー・ロール・モートン、キング・オリバー、ルイ・アームストロング、デューク・エリントン、アール・ハインズなどのジャズ創世記を支えたアーティストの録音を手掛けました。ジャズ以外にもブルースやカントリーなどほかのジャンルの音楽も手掛け好評を博しました。

1930年代に入ると、世界恐慌の影響を受けてその事業は衰退していきます。別の原因にラジオの台頭もあげられます。このとき多くのレーベルが大手レコード会社に吸収・合併されていきましたが、ジェネット・レーベルは効果音の録音などを細々と続けていきました。

スターピアノ社はその後1949年までピアノの製造を続けました。1930年代には冷蔵庫や冷蔵庫の部品の製造も手掛けましたが、1952年に競売にて買い取られました。一度は繁栄したスターピアノでしたが、その歴史に幕を閉じました。現在ではスター・ピアノ社の一部が冷蔵庫の部品製造業者として活躍しています。

参考資料

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ピアノ調律南国ピアノ芸術